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脳汁置き場

アスペの呻吟愚タイム

閉鎖病棟の春

閉鎖病棟ネタ

入院しておりました。

 

さっき、自宅に帰還しました。

 

閉鎖病棟でも、ボッチだったさ。

 

でも、僕は、朝の素晴らしさを知っている・・・

 

(おーーーっと、治ってないのか?)

 

小ネタを、今後、アップします

 

じゃあの。

ユング漱石卵焼き

日常 孤独

昭和は、巨人大鵬卵焼き

 

今の漏れは、ユング漱石卵焼きだ。

 

モノを書くと、落ち着くね。

 

昔からずっと、そうだったよ、特に20歳くらいから。

 

ミクシィで駄文をダブダブ、ダブ処理していたワン

 

それは大学生としては、時間の浪費だけど、精神的にはラクになれた面もある

 

とにかく、現実だと、人に好かれようとして、余計な工夫をしがちだ。

 

そればっかしてきたよ。

 

でも、もう、しんどいね。

 

無意識的な、自傷行為をしてしまうこともある。

 

無意識的に、人を攻撃したり、ふるいにかけるようなことをしがち。

 

そういうことを、もうそろそろ、やめたいと思ったよ。

 

このままでは、いけないと思ったよ。

 

でも、どうしたらいいのか、よくわからん

 

たすけてよ!って思うけど、

 

それはいいことなのかなあ、と疑問になることもある

好きな人がいたとして、これは依存なのでは?と思ってしまう

 

アヘアヘボーダーアスペマン回避性、おまけに糖質気味。

 

もうね、ドラが何枚ついたのかと、アフォかと、役満かと。

 

適切な人との距離感、学びたい

野良猫と漏れの関係性

野良猫 認知症関連

今日も勇気を出して、お布ー団から這い出るけんね。

 

ハイネケンね。

 

野良猫たちに、母や父親の像を投影していたような気持ちに気がついて、吐きそうになった。

 

スズは、クズな感じがしたけど、再会したときには、とても愛想の良いネコになっていた。これは、自分の母親も実際にそうなっていたから、びっくりした。

 

ボスは、父親みたいに見えたのだろう。具合が悪そうにしていると、悲しく見えた。これも、自分の父親に当てはまる。

 

そう考えると、自分が野良猫を大好きになったというのは、なんだか恥ずかしいような気持ちだ。家族に対する原始的な感情が、蘇っていたのか。まさしくアニマルセラピーだ。

 

野良猫にエサを上げたことは、もしかしたら、ネコストップ近所の人に迷惑をかけたと思う。しかしながら、自分には必要な行為だったのだと思う。

 

去年の6月くらいから、とくに野良猫が好きになった。自分でも原因がわからなかった。統合が失調したのかと思った。けれども、最初に見た子猫たちが、なんだか幼少期の友人たちのように見えてきて、エサをやったりとか、運が良ければダッコしたりすると、すごく懐かしい気になった。それで、ハマっていった。つまり、友人たちの代理として、ネコには存在してもらったのだと思う。

 

自分の心境を反映しているかのようだ。ただし、この考えはオカルト成分も含んでると思うから、自分としては、完全に信じる気にはならない。ネコはネコだから。けど、気持ちとしては、懐かしくて、楽しくなれた。

 

ネコが好きな理由はわからなかったけど、好きだから見に行ってたら、なんだか良いこともあった。理屈は不要なのでは、少なくとも自分だけの世界では。

 

あんまり自分の考えだけに突っ走ると、策士策におぼれることになりかねない。漏れ士閉鎖病棟にいれらる、ということにも・・・。

 

NARANAI DE HOSIーE!

 

今朝、布団でグニャグニャしてたら、椎名林檎の歌詞が頭で久しぶりに流れた

 

いつもギリギリで生きる

 

漏れも、健常と糖質の境目のギリギリで生きる

 

アスペなのは、完全に、そうです(恥苦笑)

 

椎名林檎の歌詞が、急にわかってきた。なんだこりゃあ。

 

椎名林檎を思い出すと、どうしても、某氏を思い出してしまう。一度しか、会話したことは無い。でも、がんばれ、と言われた。そして、もう二度と言われることもない。

 

けど、頑張れと言ってくれたのは、その人くらいだ。それを妙に覚えている。

 

アスペだけども、友人だとか、そういう機会には恵まれたと思う。

 

それでなんとか、生きていられている。

 

それを思うと、せめて何らかの努力はせなアカンと思う。

 

ほとんど何もせずに過ごした時期もあったが。

 

かといって、「うおおおっしゃああ!やってやっるううう!」みたいな雰囲気、テンションには絶対になれないのが、漏れの悪い癖。

 

 

16日ぶりの小林秀雄

小林秀雄

中庸だっちゅうYO!(そういえば、意外なことにだっちゅうのポーズが廃れた)

 

30歳になってから小林秀雄を読んでみると、以前よりわかりやすくなっていた。まだまだわからないところは多いけれども。

 

そして、難しさの質も変化した。20歳くらいのときは、単純なハテナマークしか浮かばなかった。今は、なんで半世紀近く前に、こんな事を考えていたのか?なんで、思いつくの?という謎に変わった。と、いうのは見栄で、やっぱり前者のわからなさが多いっす・・・

 

思ったのは、もしショスタコーヴィチがピアノの弾けなかったとしたら、その力を文章にはしなかっただろう、彫刻などに向かっただろうということ。それは安全だろうが、相当にヤキモキしただろうということ。でも、ホッともしたかな。

 

あと、たまたま中庸というか、自分の場合は日和見について考えていたので、中庸について読んだときは、とても腑に落ちた。

 

タイミングって、あるんだなあ。

 

ふしぎなパワー

 

不思議なパワー

 

パワーは発明の母(てきとう。mother of invention とpower of で韻をフミフミ)

ひきこもる権利

孤独 散歩 野良猫

どうも打撲してから、精神的な調子の方が悪い。

 

嫌な予感というか、アラートがよく鳴る状態だ

 

散歩に行ったら、また転ぶのでは無いか

 

高齢ドライバアの運転するカーにぶつかるのではないか。

 

トーストをくわえた綾波とぶつかるのではないか。

 

それで心拍数が普段より20くらい上がっていた

 

そんなときに、テレビで羊たちの沈黙がやっていた

 

さらに恐怖心はブーストであります

 

以前は、21歳の時に見た。そのときは、なんでクラリスが、男性保安官に睨まれてるかわからんかったが、今回はわかった。

 

あの映画の中で、自分がどの登場人物に似ているかというと、レクターになりそうだ。むろん、脳味噌は似てないけど(煮てないけど)、牢屋に入れられているのにあまりしんどくなさそうなところが、自宅にこもりがちの漏れと似ている。

 

レクターと違うところは、意図的な精神攻撃は出来ないところ、人肉は食いたくない点(あんなまずいもん、くえるかい!※ブッチくんのパロディです)、などなど。

 

回避性アスペマンだから、心を許した相手としか、フレンドリーに接することができない。

 

集団の中なのに、一対一の関係しか構築できない。

 

一対一のみ。それだけ見ると、タイマンしかやらない男気にあふれた無職に見えるが、実際は、タブを複数展開できないブラウザみたいもの。

 

むかし、焼き肉の居酒屋にバイト応募しようとして、電話が怖くてかけられなかったけど、応募しなくてよかった。今思うと、電話での通話自体が怖いのでは無くて、ウェイの人たちと自分の労働力が、月とスポンッであることを自覚していたからだろう。

 

学校の長期休みに、自分から友人に会ったことは、ほぼ無い。

 

あったけど、それは、漏れと似たような友人だった。そいつとは、月に一度会うくらいで、お互いにちょうど良かった。友人に会わない間は、筋トレをしたり、ロマサガをしていた。

 

そういうのが、今考えると、自分にとって快適な状態だったのだろう。

そして、その友人のことをなぜ、いま思い出しているのか、自分でもよくわからない

 

長期休みで苦痛だったのは、急な用事が入ることだった。

 

急に虫歯になるのがゆるせんかった。もし、虫歯になる時期が事前にわかっていたなら、安心して虫歯になれたのに。

 

そういう思い出を振り返ると、自分に適した生き方というのは、意識的に定めなくても勝手に定まることに気づいた。いろんなライフハックがあるけれど。結局、自分が自然にやってることが、一番、無理が無い。

 

そう考えると、ひきこもって暮らすは、自分にとって理想の打撃フォームのようなものなのだから、ほかからなんと言われようが、気にしなくて良さそうに思えた。

 

また、ひきこもり本は面白くて、たくさん読んだんだけど、それを実用書として読むことは難しかった。営業職とかのマニュアルなら鉄板ネタもあろうけど、ヒキコモリは形態が無駄に多い・・・ダンクーガの合体前の各個体のように・・・

 

だから、やりたいようにやるしか、ないのではないか。

ひきこもり状態がベストなフォームだっていう人もいるわけだから。

ただ、ひきこもり状態の市民権だけを希求するぅぅぅ

 

とにかく、外の世界は、ジャングルだ。

 

最近は、カアテンうぉ閉じた部屋の布団にいるときが、一番落ち着くよ

 

あとは、防音加工できたら、最高。

 

そして、おもろしい本、好きなCD,ねこの写真、ノンカロリーライス、などがあれば、もう他には何も要らないさ

 

承認欲求は、ありまぁす!(いまさらOBOKATA)

 

でも、人から認められて失うものだってある。

 

万が一、女性に好かれたとする。

 

そしたら、そうなる以前の、その女性は、いなくなる。

 

失恋ところか、失人!lost human。human-lostではなく。

 

満開の花は、すでに悲しい

 

あれ、もしかしかたら、葉隠の作者も、回避性だったのか?

 

ようやく、自分が見えてきたヨー

 

 

やさしい猫おばさん

野良猫 孤独

足を打撲してからテンションが低い。

歩くときに、多少、違和感がある。

 

今日、野良猫に会いに行った。生活の中における、唯一の癒やしだ。

現実はしんどすぎる。何をやっても、どうしようもなく無能だ。

どうやって生きていいのか、皆目、見当がつかない。

野良猫がゴロゴロ暮らしてるのを見ると、優しい気持ちになれる。

 

今日は、さび猫を探していた。1年前から見かけるさび猫、スズだ。

ウロチョロしながらホッツキ歩いて織りマンダラ、ぼんやり座っていた。

とりあえず、撫でた。すると、近くの店から、岸田今日子的なルックスのおばさんが出てきて、猫の話をしてきた。

 

野良猫について、現地の人と話すのは、初めてだ。

野良猫の情報交換をした。

猫おばさんも、よく猫を観察しているらしかった。

猫を媒介にすることで、ヒトと話す機会も、生まれるのじゃ。

たいていの人間から。漏れは、死ねと思われているから、猫おばさんと会話が出来て、満足できた。

 

でも、猫について、他の人と話すと、照れくさくなってしまい、帰りは早足でした。

 

清水富美加の件が月曜日に起きて、かなり動揺してしまったし、ジョンナムも殺られてしまった。そのせいか、火曜日、水曜日は脈拍が96くらいになって、ソワソワとした。

 

昨日から、70くらいで安定している。

 

ヒトも、生き物としては、好きだ。

 

もっと、観察したいのだが・・・

今週のお題「新しく始めたいこと」

 

雪道を注意して歩くようにしたい。転んだから。

ちょっと転んで軽く打撲しただけでも、辛い気持ちになる。